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延喜18年(西暦918年)、八幡大神様が赤塔山(現在の石清尾山)山上に現れたので、近隣の人々が敬いお祀りしたとも、または時の国司、藤原保忠公が京都の石清水八幡宮の御分霊を戴き、お祀りしたとも伝わっています。

石清尾(いわせを)八幡宮の社名の由来は、当時社殿があった赤塔山が亀ノ尾山塊の山裾にあたり、「石清水」と「亀の尾」を一つにあわせて「石清尾」になったと言われています。
古来、この周辺は現在の八幡宮近くまで海であり、亀がたくさん這い上がって来ていたことから「亀命山」や「亀阜」など亀とつく地名が多く見られます。

石清尾八幡神社

南北朝時代には、ここ讃岐を治めていた右馬頭(うまのかみ)細川頼之公が当宮への崇敬の念篤く、社殿を拡張し、多宝塔を建立し、武具を奉納されました。

天正15年(1587年)には讃岐守、生駒親正公が高松城を造営し城下町を整えた際、当宮を府城の鎮護と崇め、社殿を改築し、社領を寄進されました。

江戸時代に入り、寛永19年(1642年)高松藩主となった松平頼重公も当宮を崇拝し、社殿を造営し、社領と多数の宝物を寄進されました。
その後、宝永2年(1705年)三代藩主松平頼武公も社殿を改修され、歴代藩主は毎年当宮を参拝することになりました。

石清尾八幡神社

明治5年には「懸社」に列せられました。

不幸にも、創建後320年に及ぶ本殿をはじめ、幣殿、上拝殿の3殿は昭和61年に焼失しましたが、平成元年に氏子崇敬者の浄財により復興されました。また平成6年には神輿舎を新築しました。

以来、高松総鎮守・高松の護り神として多くの人に親しまれ現在に至ります。

※馬頭とは大宝律令に定められた官職で、軍事や儀式に使用する馬を統括する。

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石清尾八幡宮がネット上で散策できます。(googleMAP)

石清尾八幡宮の周辺地図
石清尾八幡宮(いわせをはちまんぐう)
〒760-0005 高松市宮脇町1-30-3
TEL:087-862-5846
FAX:087-862-0333